ITに限らず、業界の垣根を越えて利用シーンが広がるクラウドサービス。使った方がいいんだろうなぁ・・・むしろ、使わないとまずいかもしれない。という焦りがある一方で、準備が大変なのでは?うちの商品には役立たない?などの考え(思い込み)から、中々着手できず、遠ざけ続けているビジネスマンも多いのではないでしょうか。
本インタビューは、「クラウドってつまり何なんだ!なんとなく使っているけれど、その本質が理解でいない・・・」と頭を悩ませるWeb制作会社プロデューサーと、ITスペシャリストの対談企画。クラウド初心者を代表する気持ちで、易しいテーマから実践法までヒアリング。日頃の疑問を打ち明け、今更聞けないクラウドの基礎知識やAWSの起源、活用シーンなどを、プロから教えてもらいました。
【登場人物】
森 幸久
(有)ハビタス 代表取締役
1967年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。法政大学大学院人文科学研究科哲学専修修了。
哲学的な視点から独特なデザイン企画提案をおこない、大手不動産会社、放送局をはじめ数多くのウェブサイトの構築を手がける。
2002年 新たなコンテンツ制作集団の旗揚げを標榜し、各分野から個性的な人材を招聘して、有限会社ハビタスを設立。放送局、金融機関、官公庁等のウェブ関連ビジネスのコンサルティングでも活躍。
福島 厚
(株)スカイアーチネットワークス エキスパートエンジニア
森:私はWebサイトの構築を生業としているので、従来のオンプレミスサーバーの仕組みは理解しています。ですが、"クラウド"となると、どうしても一歩引いてしまう。便利になるという漠然としたイメージや、順応できていないことへの危機感はあるものの、複雑な言語が飛び出すと"難しい"というレッテルを貼ってしまう人は、沢山いるのではないかと思います。
福島:クラウドの根本や可能性を知らずに、インフラに無駄なお金やリソースを割いている会社は非常に多くて、その8割は思い込みから来ていると僕は思っています。これはこういうものだと決めつけてしまって、捨てること、新しくすることを選択できない。その思い込みが、大きな機会損失を生んでしまっているのではないでしょうか。
森:テクノロジーが発展し、便利になることで、これまでの努力が虚しくなることもあります。でも、これからの社会でビジネスを展開するなら、最先端とまでは行かなくても、時代に合ったITを活用してビジネスを転換させるべき。あらゆる業界での活躍事例などが聞ければ、利用イメージも沸くと思います。初歩的な部分からお聞きすることになると思いますが、よろしくお願いします。
クラウドを日常生活で表現してみる。クラウドは「マンガ喫茶」みたいなもの
森:では早速。クラウドと聞くと、異次元的なイメージなのですが、実際にはどんな仕組みなのでしょうか。
福島:クラウドが出てくるまでは、 会社に数台のサーバーを借りてインフラを設計していました。クラウドは、そのサーバーが沢山積んであって、「好きなだけ使っていいよ。しかも、1分単位(※現状AWSでは15分~1分ごと)で使っていいよ」という親切なサーバー屋さんのようなもの。
会社やサービスのHPにアクセスが集中することもあると思いますが、それが1カ月続くことなんてあるでしょうか?巨大ECモールのAmazonでも、セールのときくらいだと思います。「数時間、数分だけ複数のサーバーが必要で、普段は使わないなら、使うときだけ大きく伸縮できる仕組みにしよう」と考えたのが始まりです。
さらに最近は、クラウドサービス上にプログラムできるインターフェースが幾つも用意されています。例えば、Googleが提供しているGoogleフォームを使えば、アンケート調査を簡単に実施できます。質問項目などの必要事項を入力するだけで、特別なデザインが必要なければテンプレートで即時にフォームが完成。プログラムを叩く必要もありません。さらに、調査結果はGoogleスプレッドシートにまとめてくれます。これまで人の手を動かしていた部分が短縮されて、圧倒的な工数削減に繋がります。
森:確かに、GmailやGoogleドライブは私も使用しています。難しく考えずに受け入れていましたが、それもクラウドの一種ですね。
福島:マンガ喫茶をイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。好みのマンガを全て所有している人なんていないですよね。多彩なマンガ(プログラム)がマンガ喫茶(クラウド)に保管されていて、そこから読みたいマンガ(実行したいプログラム)選んで読む(使う)。支払いは消費した時間刻みでOK、という風に。クラウドは、所有するのではなく、"使い捨てられる"という魅力もありますね。
森:確かに、マンガ喫茶で例えられると分かりやすい(笑)"使い捨て"というのは、使いたいときだけ使う、ということですか?
福島:そうですね。これまでは、パソコンを用意してサーバーに繋げ、ソフトをインストールして使う、という流れでした。それを、ソフトをダウンロードしたりせずに、使いたい時だけ起動できて、使った分しか費用もかかりません。育児のシーンでも、今は紙オムツが主流ですが、布オムツって凄く大変なのご存知ですか!?使い捨てができることは、日常でもすごく画期的なこと。クラウドは、ディスポーサブルな魅力をインターネットの世界で実現しています。クラウドを使えば、コンピューターの使い方がガラッと変わります。
AWSの歴史を辿ったら、色んな勘違いが発覚
森:ここまでクラウドの全体像についてお聞きしましたが、クラウドと言えばAmazonが提供するAWSというイメージが、これもまた漠然とあります。「Amazonという巨大ショッピングモールの機能を、外部の人にも使えるように切り出して販売しているもの」だと思っていましたが、この認識は合っていますか?
福島:AWSの起源を遡れば、その認識で合っています。AWSが最初にリリースされたのは2002年ごろ。【Alexa Web Information Service(AWIS)】としてスタートしました。「Amazonの機能をプログラマーさんに解放します」というもので、まだ世の中から注目を浴びることもなく、鳴かず飛ばずの状態でした。
森:Alexa、なんですね!Amazonの"A"だと思っていました。Alexaという言葉が17年前からあったとは驚きです。
福島:ただ、Amazonは、AWSの正式なスタートは2006年だと言っています。このときに、「AWSとしてITインフラストラクチャーのサービスを始める」と発表しました。何が画期的なコンセプトとして加わったかと言うと、これまでは「Amazonの機能の解放」だけだったところを、独自にインフラストラクチャーを提供しようと言い始めたんです。
2006年にAWSからリリースされたサービスは、「Amazon Elastic Compute Cloud(Amazon EC2)β版」。 Elasticは、クラウドを象徴する「自在に伸び縮みする」という意味で、この時に初めて登場したコンセプトです。これに加えてリリースされたのが、コンピューター間で通信機能を持たせるためのAmazon Simple Queue Service(SQS)と、コンピューター間で同期するためのストレージサービスAmazon Simple Storage Service(S3)。この3つが今のAWSのベースになっています。
Amazon EC2を発案したBenjamin Black(ベンジャミン・ブラック)は、「沢山コンピューターがあっても、簡単にすぐ使えなければ意味がない」という意見を強く主張していて、そのためにどうしたらいいのかを追及したといいます。そして、「プログラムから自動的に配置できるようにした方がいい」という、今のAWSの仕組みを発案しました。2003年にそれを考えついて、CEOのJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)にそれをプレゼンしたのは2004年だそうです。
森:ということはつまり、Amazonのオンラインショップを作るための機能を切り売りした訳ではないということですね。僕はてっきり、EC2はElectronic Commerce 2(ツー)の略だと思っていました。1(ワン)がオンラインショップのAmazonなのかなと。
AWSは、本当に"簡単に使える"のか?Instagramなどスタートアップ立ち上げ事例に学ぶ
森:簡単に使えるようにしないといけない、ということが根源にあったということですが、我々初心者からすると、まだまだ難しいイメージがあると思います。例えば、スタートアップ企業の立ち上げに、AWSが出てきたことで簡単になったのでしょうか?
福島:簡単になりましたね。スタートアップの有名な例で言うと、Instagramです。Instagramは、会社設立当時、コンピューターやサーバーなどのインフラ設備が必要だけど、資金がない。とりあえず、AWSなら1時間1ドルだから、全部AWS上で作ってしまおう!ということで、全てAWS上で構築し、2010年頃にサービスをリリースしました。当然最初から膨大なアクセスが集まることはなく、徐々にユーザーが拡大するに連れて容量を増やしていきました。今はfacebookが買収したことで状況は異なりますが、AWSをうまく活用してスモールスタートから飛躍した代表例です。UberやAirBandBも同様で、「小さく始めて、ビジネスが成長してから投資していけばいい」というElastic(自在に伸縮する)モデルは、AWSに向いていると思います。
森:今をときめくスタートアップばかりですね。つまり、インフラ費用が安くて無駄がないことが、スタートアップでAWSを使うメリットということでしょうか。
福島:初期投資で何百万円を掛けなくていいということですね。企業は皆成長を目指していますが、いずれ大きくなるとしても、必要になった時に増やせばいいんです。さらに、アクセス数の波があったり、当たり外れが大きい業界は、特にクラウドとの相性がいいです。
代表的なのは、ゲーム業界。AWSのようなクラウドを使えば、宣伝を強化するローンチ直後は容量を大きく用意して、ユーザーが減ったら縮小させることができます。先日、AWSのデータセンター「東京リージョン」で大規模な障害があったのですが、それによって900以上のゲームサービス止まったと話題になりました。
森:なるほど、確かにゲームは当たりはずれがありますし、CMやキャンペーンによってアクセスが急激に増えることもある。そういう時に、"伸縮自在"なクラウドは便利ですね。
Web上のサービスでなくても、AWSは有効なのか?
森:オンラインゲームなどのWebサービスを提供していな企業でも、Webサイトを作るなどのシーンでAWSは有効なのでしょうか?
福島:"誰でも簡単に使える"ためのソフトウエアがAWSから日々リリースされていて、昨年のリリース実績は1,600個。これらの豊富なメニューからほしい機能を探して活用すれば、Webサイトを作ったり、ツールを用意したりという、大半のやりたいことは実現できると思います。AWS上の機能やソフトを探すのが大変であれば、専門の業者やコンサルティングの力を借りれば、適正なソフトを提案してくれます。
具体的な業務の例を言えば、企業のドメイン登録。これもAWS上でできます。ドメイン登録はGPRS申請(アドレス申請を行う際の審査)やプロバイダ登録、サーバー設定などの工程が複数あり、元々かなり煩雑な作業でした。それが、AWS上でドメインを書き込んで購入すると、それ以降の工程から証明書の申請まで一環して実行し、すぐ使える状態にしてくれます。
森:ドメイン登録の代行サービスも提供していたので、画期的なことがよく分かります。なぜ皆これを使わないんだろうか、と思ってしまいますね。
働き者の小人が裏にいる?サーバーレスという概念
森:ここまでの話を聞いていると、ある一定期間のアクセスが集中するキャンペーンや広告宣伝のプロモーションにもAWSが活用できそうな気がしますが、いかがでしょうか?
福島:プロモーションでより活躍が期待されるのは、"サーバーレス"かもしれません。AWSの中のAmazon S3やLambdaなど サービスが構成する"サーバーレス"という仕組みを利用すれば、クラウドサーバー上にWebページを置いていくことに固定費用は発生せず、そのサイトが起動した時に、ページの利用数に応じて重量課金される仕組みも展開できます。キャンペーンなら、バナークリックでサイトにアクセスした数に応じて課金されていくイメージです。
キャンペーンの他にも、企業のお問い合わせフォーム等ではサーバーレスが便利です。フォームの外面だけを作って、Amazon S3にそのページを置いておく。あとは、問い合わせ内容に対する処理の内容(データベースに登録するのか、返信メールを送るのかなど)のプログラムだけ書いてあげると、Lambdaがその動作設定に応じた処理を指示し、AWS上で実行され、アクションが起こるという仕組みです。
森:今までは、HP上にお問い合わせフォームを作るときは、問い合わせが届いた後の指示、処理の方法など、全部こちらでプログラム書いて、サーバーに繋ぐ仕組み作りが必要でした。それが、ここにちょこっと指示を書くだけで、問い合わせ内容に応じて処理を実行してくれる。それも、自分のサーバーではなくクラウド上で・・・。Webページ制作をやってきた人間からすると、信じられません。もっと活用例を知りたいです。
福島:そうですね。飲食店やメーカーさんでもうまくクラウドを活用してビジネス展開している企業も沢山あります。ここからはそれらの話をしていきましょうか。
インタビュアー:松本知世
2019年10月17日
スカイアーチネットワークス 会議室にて
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