「クラウドってつまりなんなんだ!?」今更聞けないクラウドの基礎を、Web制作会社プロデューサーがITスペシャリストに問う対談企画。前編では、クラウドの概念や起源の解説や、クラウドと相性の良いサービスなどについてトーク。後編では、よりビジネスへの展開を意識し、様々な業界での活用例を解説していただきました。
【登場人物】
森 幸久
(有)ハビタス 代表取締役
1967年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。法政大学大学院人文科学研究科哲学専修修了。
哲学的な視点から独特なデザイン企画提案をおこない、大手不動産会社、放送局をはじめ数多くのウェブサイトの構築を手がける。
2002年 新たなコンテンツ制作集団の旗揚げを標榜し、各分野から個性的な人材を招聘して、有限会社ハビタスを設立。放送局、金融機関、官公庁等のウェブ関連ビジネスのコンサルティングでも活躍。
福島 厚
(株)スカイアーチネットワークス エキスパートエンジニア
前編:クラウド"知ってる風"で乗り越えてきたWeb制作プロデューサーが聞く!クラウド・AWSの根本とビジネス展開の多様性。>>はコチラ
紅白歌合戦での投票集計はAWSの賜物!
森:ここまで、クラウドの基礎知識について解説いただきました。続いて、AWSを活用している事例を具体的に教えていただきたいと思います。私たちにも身近なもので、どんな事例がありますか?
福島:我々日本人の生活に馴染み深く、昔ながらのもので、AWSの特長がうまく活かされている例で言うと、第67回NHK紅白歌合戦。ここ数年、データ放送の機能を使って"みんなで投票する"ルールを取り入れられていますが、あの集計は毎年(2016年以降)AWSでやっています。瞬間的なアクセスは膨大ですが、集中するのは番組が終わる直前のほんの数分。その間に日本中から届く大量のアクセスを一気に捌く作業で、クラウドの長所がズバッ!!とはまる事例です。これをオンプレミスで開発しようとすると莫大な費用と手間がかかる上に、次に使えるのは年に一度。さらに毎年テーマが変わるので、少しずつ作り変えなければなりません。その点、短時間の膨大なアクセスに応じ、なおかつ使い捨てできるAWSはすごくマッチしています。
森:なるほど!まさか大晦日にAWSのお世話になっていたとは知りませんでした(笑)まさに、AWSの特長が活かされた事例ですね。
AWSとGCP、Azureの3大クラウドサービスの違いとは?
福島:ビデオ配信系のサービスの例で言うと、NetflixはAWSを活用しています。
森:AmazonもAmazonPrimeで動画を配信しているので競合している印象を受けますが、AWSを使っているのですね。
福島:そこは競合ではなく協業しています。サービスの位置づけ上は競合でも敵対視しない関係です。これと同様に、マイクロソフトが提供するクラウドサービスAzureとAWSはクラウド分野で競合していますが、マイクロソフトはAmazonを悪く言うことはありません。なぜなら、世界で一番Windowsサーバーのライセンスを持っているのはAmazonだから。AWSの中でWindowsサーバーが動いていて、ライセンス数は最多。一番大きな販売代理店ということです。
森:AWSとAzureでは、機能的に異なる部分があるのでしょうか?クラウドサービスの中では、AWSが抜きん出ているイメージがありますが。
福島:Amazonは元々小売りの会社なので、IT企業の目線ではなく、小売りの感覚を大事にしているという特長があります。誰でも使いやすい使用感になっているので、クラウドに不慣れな人には魅力的です。ただ、商慣行的にはAzureやGoogleの方が馴染みがあるかもしれません。例えばWindowsのボリュームライセンスを既に購入していれば、そのまま活用できたりという利点があります。
とはいえ、AWS(Amazon Web Services)、GCP(Google Cloud Platform)、Azure(Microsoft Azure)がクラウド大手3社のサービス内容に大きな差はありません。細かい操作感の違いや、Office365との連携はAzureが得意で、Googleフォームと連携するならGCPが便利など、それぞれの得意分野がある程度。概念は同じです。価格は、AWSは先行しているがためにプライスリーダーとなり、他のサービスはそれよりも品質をよくして(例えばをディスクの容量を大きくして)値段を上げるなどの設定をしています。
AWSを活用したデータ分析でスシローの廃棄量75%減
森:飲食店での活用事例もあるのでしょうか?
福島:飲食店でAWSを導入した、代表的な成功例は、回転寿司チェーンの「あきんどスシロー」です。スシローでは、何が何個いつ売れたか?という売り上げデータを集約し、【曜日、天気、時間帯、店舗】の情報があれば、そこにどのくらいのネタが必要かを予測できる仕組みを構築しました。現在は、需要予測、在庫管理、トレンド管理と1分後予測(そろそろマグロのビッグウェーブが来るから握るぞ!のようなもの)など、総合管理システムとして運用されています。それらの成果として、スシローは【廃棄量を75%減】を実現。その話題はワールドワイドに広がり、世界中で驚かれました。鮮度が落ちれば廃棄が増えてしまいますが、高精度な予測が立てられれば分量を調整できます。回転寿司の利益指標ともされる廃棄量が1/4になったことで、回転寿司チェーンではスシローが独走状態になったと言われています。
使っているクラウドサービスは、データベースを使いたい時にだけコンピューターの台数を増やして、使わない時はバックアップを取って止めることができるものです。料金的には10台使っても500円/1時間。恐らくスシローでは10台も使っていないでしょうから、1時間に寿司5枚程度のコストです。
森:寿司5枚程度で75%の廃棄量を減らすことができたと考えると、素晴らしい変革ですね。世界から評されるのも納得できます。
衝突シュミレーションが低コストになり、中小企業も大企業と勝負できる時代に
森:メーカーだとどんな活用事例があるのでしょうか。
福島:自動車メーカーのホンダでは、製品設計や性能確認のための衝突シミュレーションにおいてAWSを活用し、大幅なコスト削減に成功しました。検証データをとるための衝突実験は、車本体はもちろん、車につける大量のセンサー(1個何万円のものを何百個)が必要で、1回に何億円と莫大なコストがかかります。そのため、自動車メーカーはコンピューターを使って事前にシュミレーションを行うのが通例。ホンダは、そこでの高性能計算HPC(high performance computing)に、AWSを活用しました。短時間に大量に処理しなければいけない計算も、AWSは適切に対応できます。これまで数千台のコンピューターを使い、買って並べるだけでも数億円、電気代だけで数百万円かかっていたところを、AWSの導入によって70%コストをカットしたと言います。最近はホンダに限らず、海外の車メーカーもクラウドを採用しており、これまで何億円もかけて資本力のある大企業でしかできなかったシュミレーションが、今では数十万円でも実現可能になりました。
森:1回数十万なら、大手自動車メーカーだけでなく中小規模でもチャレンジできる価格。AWSを活用することで、中小メーカーも大規模な論証結果を得られ、大企業と肩を並べられるようになったのですね。
福島:これまでは勝負できなかったところが、少なくともコンピューターのリソース部分では同じ土俵に立てる時代になっています。メーカーにおいては、こういった商品開発の論証においてAWSが活躍するケースが多々あります。
全国店舗のPOSデータを集約し、リアルタイム計測が可能に
森:小売り業界ではどうでしょうか?
福島:小売りでは、100円ショップダイソーの事例が有名です。全店舗のPOSデータを本社で集計していたプロセスをサーバーレスに置き換えたことで、作業管理費用を90%削減させたといます。小売りは特にピークの波があり、届くデータの量も一定ではありません。サーバーレスなら、持ち前の伸縮性を活かしてそれらの波にも対応。売り上げの多い帰宅時や休日などにザーッとデータが届いても、キャパシティの管理をAWSに全て任せることができます。
森:POSデータの管理って、昔は1日1回とか、その程度の頻度で行われていた印象があります。サーバーレスなら、リアルタイムでも計測できるということでしょうか。
福島:最近は、少なくとも1時間に1回は集約すると言われています。VPNで繋がっているためやろうと思えばリアルタイムでもできますが、直近1分ごとの売り上げを管理しても意味が無いので、1時間や30分単位で計測していると聞きます。さらに、集まってきたデータを分析するための「Amazon QuickSight」という分析ツールがAWS上に用意されていて、上がってきたデータを読み込ませれば、自動的に分析してくれます。
ダイソーの場合、AWSを導入したことで年間1,500万円のランニングコストが削減されたそうです。全国展開の小売店の場合はかなり大きいデータが届きますから、機械を買ってオンプレミスでやろうとすると、設備だけで1億円。さらにそこに何十人も人員を割いて管理をするとなると、膨大な費用も労力もかかることになります。実際にオンプレミスで運用されている大手小売り企業もあると聞きますが、管理費用の差は歴然なのではないでしょうか。
【事例④小売り】AWSネイティブを推奨した東急ハンズ
福島:同じ小売りでも、東急ハンズは、かなり初期からAWSに取り組んでいた会社です。POSデータ、顧客管理、販売管理、財務など、全てのバックオフィスの仕事をまるごとAWSに置き換えて、オンプレミスを全て排除。そして、ハンズラボという情報子会社に、内製チームを発足しました。
また、東急ハンズでは、"AWSネイティブ"を積極的に使っていくことを推奨しています。オンプレミスでやっていたシステムを持っていくのではなく、AWSが持っているサービスを活用し、新しく創ろうということです。
森:これまで手作業でやっていたシステムをAWSに置き換えようとすると、すごく複雑になってしまいかねない。それよりはむしろ、これは売上管理、顧客管理、という風に仕分けだけして、そのテーマにに合わせてAWSの機能を使って新しく作った方がシンプルかつ低コスト、ということですね。
福島:要はゴールが同じであることが重要で、使う側にとって筋道はどうだっていい。だったらそこ(AWS)の基盤に合わせて合理化して持っていった方が、無駄なコストをかけずに機能も充実させられます。しかし、多くの人はこれまでオンプレミスでやってきたやり方をそのままクラウドへ移行することを望むので、余計なコストがかかってしまう。本来の原理を無視して、こういう時はこういうもの、という"思い込み"が邪魔をしてしまっているんです。冒頭にも話しましたが、「インフラにおいて無駄なお金を使う8割は、思い込みから来ている」と僕は思います。
森:「過去に仕様書を作った人が既に在籍していなくて、もはやが正しいのかどうかも分からないけれど、これまで守っていたものだから守らなければならない」というケースもありそうですね。でもそれでは余計なお金がかかってしまったり、手を動かすエンジニアも苦労をしてしまう。"自分たちのビジネスやコンテンツの基準はこいうこと"という骨子を固めて、専門企業、SIer、コンサルティングに相談してみることから始めるのが、近道かつ低コストかもしれませんね。
クラウドで、仕事がなくなってしまう?
森:また、急に全てをクラウドに置き換えると、そこまで対応していた人員をどうするか、という問題も出てきますよね。「仕事がなくなってしまう」問題。
福島:それは僕も感じましたよ。5年前くらいまでは、サーバーをラックに入れるところから始まり、OSをインストールして、ネットワークの回線を手配して・・・という一連が僕の"仕事"だと思っていました。そこにAmazonEC2が出てきて、僕がやっていた"仕事"を5分くらいで終わらせてしまった。「俺はもう必要ないんじゃないか」と感じましたし、しばらく何をしたらいいか分かりませんでした。でも同時に、「これは絶対流行る」と認めざるをえなかった。自分のこれまでの"仕事"が叶わないならば、それを使いこなす人間になろうと考えを改めました。
森:踏み込む勇気と言うか、認めることも大切ですね。コスト削減の実態を聞くと、自分たちの業種や課題が何であろうと、それをIT化できないことで無駄な費用がかかってしまうことが明らかですから、取り入れないことで、どんどんその損失が膨らんでいってしまう。相談してみる、話を聞いてみる、などのスモールスタートでも、始められれば変化があるように思います。
何から始めたらいいか分からないときはどうしたらいいか。
森:沢山の事例をお聞きして、各社、本当に素晴らしい成功事例だと思います。ただ、まだ何も手を付けていない会社からすると、そうは言っても、「自分たちのビジネスをどうやってITに置き換えるのかが思いつかない」と感じる担当者も多いともいます。そういう時は、まずはどういうアクションを起こすべきなのでしょうか。
福島:何から手をつけていいか分からない状態でも、まずはこれらの事例をよく知る専門家に相談するのが適切だと思います。これに困っているので何か解決策がありますか?と相談してもらえれば、見繕って提案できます。今はあらゆるビジネスをITに置き換える手法が多彩にあって、手間も費用も従来よりもずっとコンパクトになっています。何がどうできるのか、という形が見えていなくても、そこにある課題が明確であれば、専門家の視点でアイデアが出せる。環境整備やビジネスの発展など、あらゆる側面で貢献できると思います。
森:自分たちの課題・状況を言葉に落とし込むという点では、コンサルタントも必要になってくるかもしれませんね。ある程度専門的な知識もありながら、自社の課題を吸い上げ、言語化してくれるコンサルタントがいれば、よりスムーズに進行できるように感じます。
福島:仰る通り、課題が明確な方が構築する我々もやりやすいです。また、社内にエンジニアがいなくても、ベースを作って誰でも運用できるように設定できますし、プログラムを書いて自動化させる方法もあります。もしくは、IT化がうまく進み始めて、あれも、これも、できるかもしれない!とスパイラル的に規模が大きくなっていくケースもある。いずれにしろ、お客様の要望に応じてよりよい改善方法を立てていくのが、我々専門家の役割です。
2019年10月17日
スカイアーチネットワークス 会議室にて
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